E-mail古文塾トップ

枕草子 二〇〇段

野分のまたの日こそ

【本文】

 野分
(のわき)のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ。立蔀(たてじとみ)・透垣(すいがい)などのみだれたるに、前栽(せんざい)どもいと心くるしげなり。おほきなる木どもも倒(たふ)れ、枝など吹き折られたるが、萩・女郎花(をみなへし)などのうへによころばひふせる、いと思はずなり。格子(かうし)の壺などに、木の葉をことさらにしたらんやうに、こまごまと吹き入れたるこそ、荒かりつる風のしわざとはおぼえね。
 いと濃き衣
(きぬ)のうはぐもりたるに、黄朽葉(きくちば)の織物、薄物などの小袿(こうちき)着て、まことしうきよげなる人の、夜は風のさわぎに寢られざりければ、ひさしう寢起きたるままに、母屋(もや)よりすこしゐざり出でたる、髮は風に吹きまよはされてすこしうちふくだみたるが、肩にかかれるほど、まことにめでたし。
 ものあはれなるけしきに見いだして、「むべ山風を」など言ひたるも、心あらんと見ゆるに、十七、八ばかりやあらん、ちひさうはあらねど、わざと大人とは見えぬが、生絹
(すずし)の単(ひとへ)のいみじうほころびたえ、はなもかへりぬれなどしたる、薄色の宿直(とのゐ)物を着て、髮、いろに、こまごまとうるはしう、末も尾花のやうにて丈ばかりなりければ、衣の裾にかくれて、袴のそばそばより見ゆるに、わらはべ、わかき人々の、根ごめに吹き折られたる、ここかしこにとり集め、起し立てなどするを、うらやましげにおしはりて、簾(す)に添ひたるうしろでもをかし。

【現代語訳】

 野分(=秋に吹く激しい風。台風)の翌日はとても趣深くておもしろい。立蔀や透垣が(暴風で)ばらばらになっているうえに、前栽(=庭の植え込み)もひどく痛々しい様子だ。大きな木々も倒れ、枝なども吹き折られたのが、萩や女郎花などの上に横たわっているのは、思いもよらないさまだ。格子の一つ一つのます目などに、木の葉をわざわざそうしたように、丁寧に吹き入れてあるのは、荒々しかった風の仕業とも思われない。
 (紫または紅の)たいそう濃い打衣(うちぎぬ)で、つやが取れて白っぽくなった打衣の上に、黄朽葉の織物、薄物の小袿を着て、誠実そうでさっぱりした(=きれいな)人が、夜は風の騒ぎで寝られなかったので、長く寝て(=遅くまで寝坊して)その起きぬけに、母屋からすこしいざり出た、その人の髪は、風に吹き乱されて少しふくらんでいるのが肩に掛かっている様子がほんとうにすばらしい。
 しみじみと感慨深いようすで外を眺めて、「むべ山風を」などと(古歌を)口ずさんでいるのも、ものの情趣が分かるような(人)と見えるが、十七、八才ぐらいであろうか、小さくはないけれど、取り立てて大人とは見えない人が、生絹の単ですっかりほころびはなだ色も色あせてしっとりぬれたようになったの(の上に)、薄紫(または薄紅)の宿直着を着て、髪は、つややかで、こまごまときちんと整え、(髪の)末もすすきの穂のようにふっさりしていて、ちょうど背丈ぐらい(の髪の長さだったので)、着物の裾に隠れて、袴の所々から(髪の末だけが)見えているが、(そんな人が)童女や、若い女房たちが、根ごと吹き折られた(植木を)あちらこちらに取り集めたり、立て起こしたりしているのを、うらやましそうに(簾を外に)押し張って、その簾に寄り添って(見ている)後姿も趣深い。

【品詞分解】

 

名詞


格助


副詞


格助


名詞


係助
  シク形「いみじ」
連用形
ウ音便
形容動詞
「あはれなり」
連用形

シク形「をかし」
已然形
 

名詞
 

名詞


副助


格助

ラ下ニ「みだる」
連用形
  野分 また こそ いみじう あはれに をかしけれ 立蔀 透垣 など みだれ
助動詞「たり」
連体形
存続


接助
 

名詞


副詞
形容動詞
「心くるしげなり」
終止形
  形容動詞
「おほきなり」
連体形


名詞


係助

ラ下ニ「倒る」
連用形
 

名詞


副助

ラ四「吹き折る」
未然形
助動詞「る」
連用形
受身
助動詞「たり」
連体形
完了
たる 前栽ども いと 心くるしげなり おほきなる 木ども 倒れ など 吹き折ら たる


格助
 

名詞
 

名詞


副助


格助


名詞


格助

サ四「よころばいふす」
已然形
助動詞「り」
連体形
存続
 

副詞
形容動詞
「思はずなり」
終止形
 

名詞


格助
女郎花 など うへ よころばひふせ いと 思はずなり 格子


名詞


副助


格助
 

名詞


格助
形容動詞
「ことさらなり」
連用形

サ変「す」
連用形
助動詞「たり」
連体形
完了
助動詞「む」
連体形
婉曲


名詞
助動詞「なり」
連用形
断定
 

副詞

ラ下ニ「吹き入る」
連用形
助動詞「たり」
連体形
存続


係助
 
など 木の葉 ことさらに たら やう こまごまと 吹き入れ たる こそ

ク形「荒し」
連用形
助動詞「つ」
連体形
完了


名詞


格助


名詞


格助


係助

ヤ下ニ「おぼゆ」
未然形
助動詞「ず」
已然形
打消
 
荒かり つる しわざ おぼえ
 

副詞

ク形「濃し」
連体形


名詞

格助
同格

ラ四「うはぐもる」
連用形
助動詞「たり」
連体形
完了


格助
 

名詞


格助


名詞
 

名詞


副助


格助


名詞
  いと 濃き うはぐもり たる 黄朽葉 織物 薄物 など 小袿

カ上一「着る」
連用形


接助
  シク形「まことし」
連用形
ウ音便
形容動詞
「きよげなり」
連体形


名詞

格助
同格
 

名詞


係助


名詞


格助


名詞


格助

ナ下二「ぬ」
未然形
助動詞「らる」
未然形
可能
助動詞「ず」
連用形
打消
助動詞「けり」
已然形
過去
まことしう きよげなる さわぎ られ ざり けれ


接助
  シク形「ひさし」
連用形
ウ音便

カ上二「寝起く」
連用形
助動詞「たり」
連体形
完了


名詞


格助
 

名詞


格助


副詞

ダ下二「いざり出づ」
連用形
助動詞「たり」
連体形
完了
 

名詞


係助


名詞
ひさしう 寢起き たる まま 母屋 より すこし ゐざり出で たる


格助

サ四「吹きまよはす」
未然形
助動詞「る」
連用形
受身


接助


副詞

マ四「うちふくだむ」
連用形
助動詞「たり」
連体形
存続


格助
 

名詞


格助

ラ四「かかる」
已然形
助動詞「り」
連体形
存続


名詞
 

副詞

ク形「めでたし」
終止形
吹きまよはさ すこし うちふくだみ たる かかれ ほど まことに めでたし。
  形容動詞「
ものあはれなり」
連体形


名詞


格助

サ四「見いだす」
連用形


接助
 

副詞


名詞


格助


副助

ハ四「言ふ」
連用形
助動詞「たり」
連体形
存続


係助
 

名詞

ラ変「あり」
未然形
  ものあはれなる けしき 見いだし 「むべ 山風 を」 など 言ひ たる あら
助動詞「む」
連体形
婉曲


格助

ヤ下二「見ゆ」
連体形


接助
 

名詞


副助


係助

ラ変「あり」
未然形
助動詞「む」
連体形
推量
  ク形「ちひさし」
連用形
ウ音便


係助

ラ変「あり」
未然形
助動詞「ず」
已然形
打消


接助
 
見ゆる 十七、八 ばかり あら ちひさう あら


副詞


名詞


格助


係助

ヤ下二「見ゆ」
未然形
助動詞「ず」
連体形
打消


格助
 

名詞


格助


名詞

格助詞
同格
シク形「いみじ」
連用形
ウ音便

ヤ下二「ほころびたゆ」
連用形
 

名詞


係助
わざと 大人 見え 生絹 いみじう ほころびたえ はな

ラ四「かへる」
連用形

ラ下二「濡る」
連用形


副助

サ変「す」
連用形
助動詞「たり」
連体形
完了
 

名詞


格助


名詞


格助

カ上一「着る」
連用形

接助
 

名詞
  形容動詞
「色なり」
連用形
 

副詞
かへり ぬれ など たる 薄色 宿直物 いろに こまごまと
シク形「うるはし」
連用形
ウ音便
 

名詞


係助


名詞


格助


名詞
助動詞「なり」
連用形
断定


接助
 

名詞


副助
助動詞「なり」
連用形
断定
助動詞「けり」
已然形
過去


接助
 

名詞


格助


名詞
うるはしう 尾花 やう ばかり なり けれ


格助

ラ下二「かくる」
連用形


接助
 

名詞


格助


名詞


格助

ヤ下二「見ゆ」
連体形


接助
 

名詞
 
ク形「若し」
連体形


名詞


格助
 

副詞
かくれ そばそば より 見ゆる わらはべ わかき 人々 根ごめに

ラ四「吹き折る」
未然形
助動詞「る」
連用形
受身
助動詞「たり」
連体形
完了
 

代名詞


代名詞


格助

マ下二「とり集む」
連用形
 
タ四「起し立つ」
連用形


副助

サ変「す」
連体形


格助
  形容動詞
「うらやましげなり」
連用形

ラ四「押し張る」
連用形
吹き折ら たる ここ かしこ とり集め 起し立て など する うらやましげに おしはり


接助
 

名詞


格助

ハ四「添ふ」
連用形
助動詞「たり」
連体形
存続


名詞


係助

シク形「をかし」
終止形
 
添ひ たる うしろで をかし


E-mail古文塾トップ