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枕草子　一二九段

「関白殿黒戸より出でさせ給ふとて」

【本文】

　關白殿、黒戸より出でさせ給ふとて、女房のひまなくさぶらふを、「あないみじのおもとたちや。翁をいかにわらひ給ふらん」とて、分け出でさせ給へば、戸にちかき人々、色々の袖口して、御簾（みす）ひき上げたるに、権大納言の御沓（くつ）とりてはかせ奉り給ふ。いとものものしく、きよげに、よそほしげに、下襲（したがさね）の裾（しり）ながく引き、所せくてさぶらひ給ふ。あなめでた、大納言ばかりに沓
とらせたてまつり給ふよ、と見ゆ。山の井の大納言、その御次々のさならぬ人々、くろきものをひき散らしたるやうに、藤壺の塀のもとより、登花殿の前までゐ並みたるに、ほそやかにいみじうなまめかしう、御佩刀（みはかし）などひきつくろは
せ給ひて、やすらはせ給ふに、宮の大夫殿は、戸の前に立たせ給へれば、ゐさせ給ふまじきなめりと思ふほどに、すこしあゆみ出でさせ給へば、ふとゐさせ給へりしこそ、なほいかばかりの昔の御おこなひのほどにかと見たてまつりしに、いみじかりしか。
　中納言の君の、忌日とてくすしがりおこなひ給ひしを、「賜へ、その数珠（じゅず）しばし。おこなひして、めでたき身にならん」とかるとて、あつまりてわらへど、なほいとこそめでたけれ。御前にきこしめして、「仏になりたらんこそは、これよりはまさらめ」とて、うち笑ませ給へるを、まためでたくなりてぞ見たてまつる。大夫殿のゐさせ給へるを、かへすがへすきこゆれば、「例のおもひ人」とわらはせ給ひし、まいて、この後の御ありさまを見たてまつらせ給はましかば、ことわりとおぼしめされなまし。

【現代語訳】

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【品詞分解】

　 名詞 　 名詞 格助 ダ下二
「出づ」
未然形		 助動詞
「さす」
連用形
尊敬		 ハ四
「給ふ」
終止形
尊敬の補助動詞		 格助 　 名詞 格助　 ク活用形容詞
「ひまなし」
連用形		 ハ四
「さぶらふ」
連体形
謙譲の動詞		 格助 　 感動詞 シク活用形容詞
「いみじ」
語幹		 格助 名詞
　 関白殿 、 黒戸 より 出で させ 給ふ とて 、 女房 の ひまなく さぶらふ を 、 「あな いみじ の おもとたち
間助 　 名詞 格助 副詞 ハ四
「笑ふ」
連用形		 ハ四
「給ふ」
終止形
尊敬の補助動詞		 助動詞
「らむ」
連体形
現在推量		 　 格助 　 ダ下ニ
「分け出づ」
未然形		 助動詞
「さす」
連用形		 ハ四
「給ふ」
已然形
尊敬の補助動詞		 接助 　 名詞 格助 ク活用形容詞
「近し」
連体形		 名詞
や 。 翁 を いかに わらひ 給ふ らむ 」 とて 、 分け出で させ 給へ ば 、 戸 に ちかき 人々
形容動詞
「色々なり」
語幹		 格助 名詞 サ変
「す」
連用形		 接助 　 名詞 ガ下ニ
「ひき上ぐ」
連用形		 助動詞
「たり」
連体形
存続		 格助 　 名詞 格助 名詞 ラ四
「取る」
連用形		 接助 カ四
「履く」
未然形		 助動詞
「す」
連用形
使役		 ラ四
「たてまつる」
連用形
謙譲の補助動詞		 ハ四
「給ふ」
終止形
尊敬の補助動詞		 　
色々 の 袖口 し て 、 御簾 ひき上げ たる に 、 権大納言 の 御沓 とり て はか せ たてまつり 給ふ 。
副詞 シク活用形容詞
「ものものし」
連用形		 　 形容動詞
「きよげなり」
連用形		 　 形容動詞
「よそほしげなり」
連用形		 　 名詞 格助 名詞 ク活用形容詞
「長し」
連用形		 カ四
「引く」
連用形		 　 ク活用形容詞
「所せし」
連用形		 ハ四
「さぶらふ」
連用形
謙譲の動詞		 ハ四
「給ふ」
終止形
尊敬の補助動詞		 　 感動詞 ク活用形容詞
「めでたし」
語幹		 　
いと ものものしく 、 きよげに 、 よそほしげに 、 下襲 の 裾 ながく 引き 、 所せく さぶらひ 給ふ 。 あな めでた 、
名詞 副助 格助 名詞 ラ四
「取る」
未然形		 助動詞
「す」
連用形
使役		 ラ四
「たてまつる」
連用形
謙譲の補助動詞		 ハ四
「給ふ」
連体形
尊敬の補助動詞		 間助 　 格助 ヤ下ニ
「見ゆ」
終止形		 　 名詞 　 代名詞 格助 名詞 格助 副詞
大納言 ばかり に 沓 とら せ たてまつり 給ふ よ 、 と 見ゆ 。 山の井の大納言 、 そ の 御次々 の さ
助動詞
「なり」
未然形
断定		 助動詞
「ず」
連体形
打消		 名詞 　 活用形容詞
「黒し」
連体形		 名詞 格助 サ四
「ひき散らす」
連用形		 助動詞
「たり」
連体形
完了		 名詞 助動詞
「なり」
連用形
断定		 　 名詞 格助 名詞 格助 名詞 格助 　 名詞
なら ぬ 人々 、 くろき もの を ひき散らし たる やう に 、 藤壺 の 塀 の もと より 、 登花殿
格助 名詞 副助 マ４
「ゐ並む」
連用形		 助動詞
「たり」
連体形
存続		 　 　 形容動詞
「ほそやかなり」
連用形		 シク活用形容詞
「いみじ」
連用形（ウ音便）		 シク活用形容詞
「なまめかし」
連用形（ウ音便）		 　 名詞 副助 ハ四
「ひきつくろふ」
未然形		 助動詞
「す」
連用形
尊敬		 ハ四
「給ふ」
連用形
尊敬の補助動詞		 接助 　
の 前 まで ゐ並み たる に 、 ほそやかに いみじう なまめかしう 、 御佩刀 など ひきつくろは せ 給ひ て 、
ハ四
「やすらふ」
未然形		 助動詞
「す」
連用形
尊敬		 ハ四
「給ふ」
連体形
尊敬の補助動詞		 　 　 名詞 係助 　 名詞 格助 名詞 格助 タ四
「立つ」
未然形		 助動詞
「す」
連用形
尊敬		 ハ四
「給ふ」
已然形
尊敬の補助動詞		 助動詞
「り」
已然形
存続		 接助 　 副詞 ワ上一
｢ゐる」
連用形
やすらは せ 給ふ に 、 宮の大夫殿 は 、 戸 の 前 に 立た せ 給へ れ ば 、 ふと ゐ
助動詞
「さす」
連用形
尊敬		 ハ四
「給ふ」
已然形
尊敬の補助動詞		 助動詞
「り」
連用形
完了		 助動詞
「き」
連体形
過去		 係助 　 副詞 副詞 格助 名詞 格助 名詞 格助 名詞 助動詞
「なり」
連用形
断定		 係助 格助 マ上一
｢見る｣
連用形		 ラ四
「たてまつる」
連用形
謙譲の補助動詞		 助動詞
「き」
連体形
過去
させ 給へ り し こそ 、 なほ いかばかり の 昔 の 御おこなひ の ほど に か と 見 たてまつり し
　 　 シク活用形容詞
「いみじ」
連用形		 助動詞
「き」
已然形
過去		 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　
に 、 いみじかり しか 。 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　 　
　 名詞 格助 　 名詞 格助 ラ四
「くすしがる」
連用形		 ハ四
「おこなふ」
連用形		 ハ四
「給ふ」
連用形
尊敬の補助動詞		 助動詞
「き」
連体形
過去		 　 　 　 ハ４
「賜ふ」
命令形
尊敬の動詞		 　 代名詞 格助 名詞 副詞 　
　 中納言の君 の 、 忌日 とて くすしがり おこなひ 給ひ し を 、 「 賜へ 、 そ の 数珠 しばし 。
名詞 サ変
「す」
連用形		 接助 　 ク活用形容詞
「めでたし」
連体形		 名詞 格助 ラ四
「なる」
未然形		 助動詞
「む」
終止形
意志		 　 格助 　 格助 　 ラ四
「あつまる」
連用形		 ハ四
｢笑ふ」
已然形		 接助 　 副詞 副詞
おこなひ し て 、 めでたき 身 に なら む 」 と かる とて 、 あつまり わらへ ど 、 なほ いと
係助 ク活用形容詞
「めでたし」
已然形		 　 名詞 格助 サ四
「きこしめす」
連用形
尊敬の動詞		 接助 　 　 名詞 格助 ラ四
「なる」
連用形		 助動詞
「たり」
未然形
完了		 助動詞
「む」
連体形
仮定		 係助 係助 　 代名詞 格助 ラ四
「まさる」
未然形
こそ めでたけれ 。 御前 に きこしめし て 、 「 仏 に なり たら む こそ は 、 これ より まさら
助動詞
「む」
已然形
推量		 　 格助 　 マ四
「うち笑む」
未然形		 助動詞
「す」
連用形
尊敬		 ハ四
「給ふ」
已然形
尊敬の補助動詞		 助動詞
「り」
連体形
完了		 格助 　 副詞 ク活用形容詞
「めでたし」
連用形		 ラ四
「なる」
連用形		 接助 係助 マ上一
｢見る｣
連用形		 ラ四
「たてまつる」
終止形
謙譲の補助動詞		 　 名詞 格助
め 」 とて 、 うち笑ま せ 給へ る を 、 また めでたく なり て ぞ 見 たてまつる 。 大夫殿 の
ワ上一
「ゐる」
未然形		 助動詞
「さす」
連用形
尊敬		 ハ四
「給ふ」
已然形
尊敬の補助動詞		 助動詞
「り」
連体形
完了		 格助 副詞 ヤ下二
「聞こゆ」
已然形
謙譲の動詞		 接助 　 名詞 格助 名詞 　 格助 ハ四
「笑ふ」
未然形		 助動詞
「す」
連用形
尊敬		 ハ四
「給ふ」
連用形
尊敬の補助動詞		 助動詞
「き」
連体形
過去		 　 副詞
ゐ させ 給へ る を かへすがへす きこゆれ ば 、 「例 の おもひ人 」 と わらは せ 給ひ し 、 まいて
代名詞 格助 名詞 格助 名詞 格助 マ上一
｢見る｣
連用形		 ラ四
「たてまつる」
未然形
謙譲の補助動詞		 助動詞
「す」
連用形
尊敬		 ハ四
「給ふ」
未然形
尊敬の補助動詞		 助動詞
「まし」
未然形
反実仮想		 接助 　 名詞 格助 ラ下ニ
「おぼしめさる」
連用形
尊敬の動詞		 助動詞
「ぬ」
未然形
強意		 助動詞
「まし」
終止形
反実仮想		 　
こ の 後 の 御ありさま を 見 たてまつら せ 給は ましか ば 、 ことはり と おぼしめされ な まし 。

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